シンボルとしての棟

日本民家の屋根の棟の取り方は、地域によって変化が多い。
三八下北地方の芝棟の民家の様に全く飾り気のないものもあれば、近畿、中国、四国地方には、棟に杉皮や茅を束ねたものを等間隔に並べ、さらにその先端を丸竹を反らせたもので結んだ洗練された形式の物もある。岐阜、富山県の合掌造りでは、巨大な切妻屋根の頂上に大きな茅の束を積み上げ、その上を丸太で押さえつけ、さらにこの丸太を屋根の上部を水平に貫いて丸太に結んだ縄で締め付ける。この棟飾りは日本の民家の棟飾りの中でも、しかも大規模で力強さを持ち、いかにもその大きな切妻屋根にふさわしい。

この様な棟飾りは、その実用目的と言う面では、いずれも棟から雨が漏らないように、また棟が強風に吹き飛ばされない様にと言う二つの役目を持っている。合掌造りの屋根の上部を水平に貫いている丸太をこの地方では、「かんざし」と呼んでいるが、それは、日本髪のかんざしが、髪が風で吹き崩されるのを防ぐためと装飾のためと同じ様に、棟が風で吹き飛ばされるのを防ぐためと装飾的シンボルの意味合いも兼ね備えている。

これは、棟飾りが民家の外観の最も目立つ場所にあり、かなり遠方からもかっきり見分ける事が出来たからとも考えられる。長野県周辺に見られる板葺きの民家も屋根の両端の板が風に飛ばされない様に幅の広い破風板を用いているが破風板の先端、棟で交差する部分に色々な装飾的工夫がこらされている。この地方の「すずめ踊り」「すずめおどし」と呼ばれる棟飾りも本来はこの破風の交差する部分が雨で腐るのを防ぐために付けられていた板覆いが、巨大化し装飾化したものと推測される。

その他、明治以降各地で普及した瓦葺きやトタン葺きの棟飾りにも、工匠たちの工夫した地方色が見られる。この様な民家の棟飾りは、その構造や仕組みや装飾化の工夫をひとつひとつ巡っていくと実に面白い。その中で、代表的形式として紹介したいのは、高千穂の千木の家だろう。この構造は屋根の上に茅束を折り曲げたものを敷き並べ、その上に押さえの細丸太を水平に置く。そしてその上に交差させた太い丸太を棟をまたぐ様に置いて、重しにする。この様な棟飾りの形式は神社の棟にある千木とよく似ているので千木と呼ばれているが、古くからの名称は「くら」と呼ばれた。高千穂の様に「くら」を置く民家は東北、関東などかなり多くの地方でも見られるが、その中でも、やはり、高千穂、南西諸島で使われたものが一番長尺で、素朴な力強さを持っている。その理由はこの地方は台風に襲われる事が多く、屋根の棟を強く押さえつける必要があったためと考えられる。その他、播磨のカラスオドシ、など棟飾りは、民家様式のなかで、人間の髪飾りと非常に良く似た場所と役割を持っている。民家全体のシンボルとしての性質を強く持つ様になったと言えるのではないか。
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