迷木がまたやって来た

2008年12月13日、茨城県北茨城市の平潟港近くの旅館で、日頃よりお付き合い頂いている、友人達夫婦で忘年会をする事になった、北茨城周辺の大津港や平潟は「あんこう鍋」が有名でその料理のボリュームは凄いの一言だった。イカの刺身、ブリの照り焼き、高級魚、柳カレイの塩焼き、あんこう鍋に60センチも有ろうか?と言うヒラメの刺身!〆は、あんこう鍋で雑炊。言う事無しの料理だった。

前回は、久ノ浜の谷地温泉、石川屋。今回は北茨城の平潟港近くの保養館。次回は石川町の母畑温泉に泊まるか?何て話で大宴会も閉幕となった。

楽しい宴も終わり朝食を済ませ自宅に戻り、2トンダンプで県北の浪江町に向かう。お世話に成っている建設会社の社長が欅を譲ってくれると言うので引き取りに向かったのである。

堅木の欅などは狂いが出やすく、杉や桧等のように倒木して直ぐには使えない。最低でも倒木製板して何年か乾燥させないと建築材としては使えないし指物仕事に使おうと思えば、その保管年数は数十年になる。

物の良し悪しはどうあれ、欅も少なくなった。昔は旧家の屋敷林として植えてあったが、そんな木は家族としては愛着はあるが製品としての価値を考えると名木は少ない。どうしてか?屋敷林として植えられた欅はある意味その家の御神木の様に崇拝されて育つのだが、枝が屋根に掛かったりするとその枝を切る事が多い。そこから腐敗が始まり時間をかけて中心から腐ってくる。

外見は何とも無いが台風や強風での古木の倒木は大方は中心が腐り強風に耐えられないで折れる事が多い。それも神社の御神木や屋敷林が多い。それは枝の剪定にも原因が有るのではないかと思う。山奥に育つ欅や堅木は枝を切れれないため伸び伸びと育ち、銘木が産出される事が多いのである。

植林された杉や桧も自然林には叶わない。魚の養殖物と天然物の違いと一緒だ。今回の欅は、屋敷林だが欅が少なくなってきた昨今では、材料の良し悪しを言っていられない。持ってきても使うあても無いが、雨のあたらない場所でしっかり管理してやれば、何時かは陽の目を見る事ができる事だろうと考え貰う事にした。

道中、暇なので女房に付き合って貰いドライブがてらの北上だった。帰りの広野町に美味しいラーメン屋さんが有るので立寄った。

今日は、手打ちの「中華そば」だけしか出来ませんが宜しいですか?出来ない物はしょうがない?お願いします。暫くすると、ラーメンが出来上がってきた。この店は今日で閉店します。今日までの感謝の気持を込めて、本日のラーメンの 御代は結構ですと言われた。近くにお弟子さんがラーメン屋さんを開店するので、暫く手伝いをして、年末にはこの店から数十キロ離れた場所にお店を移転するとの事だったが、何とも気持の良い対応だった。感謝の気持を一杯のラーメンに込めた、活力屋の御主人の気持が充分過ぎるほど伝わってきた。

ラーメンを食べ友人宅の材料保管場所に到着。欅をトラックから降ろすのを息子に手伝って貰う予定だったが、時間が早いので、一枚二枚と運び降ろして居る内に、全部片付いてしまった。生木なので1枚100キロ以上の板も有っただろうが、 コロを使ったりしながら、所定の場所に収納出来た。

何にでも(板、テーブル)に使える様に3寸(9センチ)に製板した。今の所使うあても無いが、これから数十年、乾燥のために眠る事になる。

前にも書いたが、堅木は建築材として使えるまでには、気の遠くなる様な時間が掛かる。したがって今、必要としている人は高価な価格で買う事になる。保管場所があり、雨に当てなければ、何時か陽の目を見るときが来るだろう?

余談だが、トラック1台分の欅を手作業で運び出したつけは、筋肉痛と言う傷みで私に襲い掛かった。歳の性だろう、翌日より明後日の方が筋肉痛が酷かった(笑)ウォーキングで足腰は鍛えているが、上半身の特に両肩周辺の筋肉痛が酷かった。 無理や無謀な作業は後から付が回って来る。

※知人の欅工房さんに言われた。建築材や銘木を使う当ても無く集めて喜ぶ者は、大抵の場合、収集家で終わる。物に対して惚れ込んだり、思い入れが多すぎて他人に譲り渡したり出来ずに次の代では土に返ると。 当たりかも知れない・・・
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